酒友・新潟県蔵元様探訪ツアー「夏子の酒蔵・久須美酒造」編

更新日:2016/04/28

平成28年3月28日(月)と新潟県3蔵ツアー最後の蔵元は、あの「夏子の酒ゆかりの蔵」で有名となった「久須美酒造」です。

この蔵元との付き合いは、もう16年近くなりますが、新潟県長岡市にある朝日酒造の「久保田」の蔵見学の後、車で何気なく走っていると何やら飯米とはあからさまに違う稲穂の田んぼの前を通りかかり、その先の白い建物に煙突があるのを見つけ「間違いなく酒造だ!」と直感した私はその建物の前で車を止めると「立ち入り禁止!久須美酒造」という看板を見つけここが当時「夏の酒」で大ブレークしていた「亀の翁・久須美酒造」であることを理解すると「立ち入り禁止」の看板を無視して、手にはカメラを手にして蔵の中へ勝手に入っていました!!丁度原料処理場となる所で数人の蔵人達が手作業で米を洗米していました。(後で分かりましたが、それが「亀の翁」の最終仕込みとなる洗米作業でした)思わず当時憧れの蔵元(今もその気持ちは変わっていません!)だった為、シャッターを押し続けていると、後から「誰ですか!?」と注意を受けた方が、当時久須美酒造7代目予定の久須美賢和専務との出会いでした!!当時は私もまだ30歳代で、ある意味「1番熱い日本酒魂」を持っていた頃で、その全てをぶつけて自己紹介したところ専務に大変気に入って頂き、もうその夜は専務が当時乗っていたBMWの赤いクーペで長岡の飲み屋街へ連れて行ってもらい、2人で熱い日本酒談議を交わしたのが懐かしいです!その後は手紙や電話でやり取りが続き今に至っております。
そして先月やっと16年振り位にその「久須美酒造」へ行って来ました!その間、賢和さんは結婚もして専務から社長へ就任(H25)しました。また新潟大集中豪雨(2004年7月13日)と同年(10月23日)の新潟県中越地震と新潟県中越沖地震(2007年7月16日)の3度の大災害を受け、1度は廃業も考えた中から見事復活してきて、その度に励ましの電話を入れたり、手紙をもらったりしながら16年の付き合いです!その蔵の前に立った時、私の想いは一入でした。

 

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16年前の久須美酒造の入口(左の表札入の大石は現在も健在でした)

 

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その大石前で7代目賢和社長と!(店長のハッピは16年前賢和さんより記念に載いた「久須美酒造のハッピ」で、今はもう誰も持っていない!と言う事で大変喜んで頂きました!!)

 

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当時、特別純米のラベルに使われていたのがここの部分で、今はそっくりに建て替えられてますが、中央の黒い鳥居は今はありません。

 

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現在の上の写真の部分で、右端にあったハズの黒い鳥居はありません(ただ倉庫にしまってあるらしく、そのうち復活させると言ってましたので楽しみです!)

 

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蔵前に広がる「亀の翁田んぼ」とこの「立て札」は現在も健在です!

 

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この「亀の尾貯蔵」は中越大地震で壊滅してしまい、今は下の写真の様になってます。

 

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2004年7月13日の集中大豪雨までは「ここに亀の翁・純米大吟醸の貯蔵があった!」と手で示す賢和社長。ここの場所を掘るとまだ2千本もの超希少となる「亀の翁古酒」が埋まっているらしいです!社長の右腕に見えるブルーシートで覆われている物が「清泉」の由来となる井戸水です!この井戸は地震後でも無事でした!
20年前は1人で来訪しましたが、今回は酒友と8人での来訪となりました。
到着すると入口で賢和社長が外に出て待っていてくれました。(到着時間ピッタシで着いて良かった!!)
久々の久須美社長との再会となりましたが、お互い年を取りました…!?

 

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到着後、あまりにも梅(桜に見えますが)の花がきれいだったので、まず記念写真を!

まずは賢和社長より2004年7月13日の新潟県集中豪雨と同年10月23日の中越大震災の時の様子など、どこがどうなったかなど蔵の外回りからのお話をひと通り聞いた後、酒造場へ案内して頂きました。

まずは精米場からで、精米機を4基(中央の小型タンク2本の物が実は1基です!)所有してますが、右端の物は中越震災で壊れてしまい今は部品取り用としているそうです。

 

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久須美社長の1番のお気に入りの洗米機「MJP製・3連洗米機」!以前は竹ザル製の手仕事が最高と思っていたそうですが、この「MJP製」に変えてから、米が割れずにしかも完璧に糖を取る為、蒸米しても指先にくっつかず酒質も向上した上、劣化にも強くなったそうです!

 

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以前、洗米に使用していた竹ザルとステンザル(この竹ザルを使用している風景は私の書いた「日本酒と焼酎のバイブル」の25ページに載っていますよヨ!)

 

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洗米が終わるとスグ横にある「浸漬タンク」へ入れます。

 

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米を蒸らすための甑(蒸し器)

 

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甑の下のこの釜へ水を張り、それを中の螺旋状のパイプで熱して湯気を利用して米を蒸し上げる。つまり蒸籠のデッカイ物と思って下さい!

 

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その釜の上へこの木桶を乗せネットを敷いて浸漬タンク内の米をその中へ落とし入れ蒸していく

 

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木桶の中へ通す湯気の通気孔はこんな小さな穴が1コ開いているだけなのです!
今はこんな昔ながらの「木桶」は使用せず、ステンレス製が多く使用されるがここ「清泉」はこんなところにまで拘る。

 

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米を蒸す湯気がこもらないように上のダクトから抜けるよう換気扇のデッカイやつがある。

 

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原料処理場の全体写真。左奥の階段を登った所に上記の洗米器と浸漬タンクがある。
左側のホースがある所で以前は竹ザルを使用して米を洗っていた。

 

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ここが元洗米場であるが、よく見ると全てのホースは先が地面に付かないように丸めてある!
これも久須美社長の清潔に拘る一面がうかがえる!

 

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ここが、蔵元1番の命となる麹室部屋の入口。勿論「日東工業所」製である!
よく見ると麹室入り口の奥にもう1つ扉が見えるが、この間のスペースが実は大変重要なのです!

 

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ここが2重扉のスペースですが、実はここが出麹場所となっていて真冬の厳寒期に高温の室から出ても一挙に蔵人の体温が下がらないよう、温度調節させる場所でこの様な仕組みを取っている蔵は大変蔵人を大切にしている最良蔵と言う証になるそうです!

 

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更に白い石鹸のような物に黒いひもが付いたヤツが2つありますが、これは蔵人が首からぶら下げて何かあって倒れてもGPS機能となっていて、どこで異常があってもスグに蔵人の倒れている場所が分かるようになっている物なのです!
これだけ蔵人を大切にする理由は2004年中越大震災で1度は廃業を考えた時、蔵人達を含め社員達が全員頑張ってくれたからこそ久須美酒造は又復活できた事をよくしっているからこそ、この蔵は1番に社員達を非常に大切にするのである。「夏子の酒」でもよく「和醸良酒」と言う言葉が出て来たが、こういう事なのだ!と良く理解させてもらえた!!

 

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麹室入口の前にズラリと並べられた麹蓋の山!これだけの麹蓋を使用する蔵元は全国でもそうはなく、おそらく「清泉」がNO1でないだろうか!?

 

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この部屋の右奥の扉のところが酒母室となっている。因みに左手前にみえている物が、雫搾り(通称、首吊り)する時に使用されるタンク

 

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この中は、この様になっていてこの袋に発酵が終了して出来上がった醪を入れて自然の重力だけで、したたり落ちる雫の集めるタンク。通常はこの階下にある仕込み部屋の横にある搾り部屋で、作業するのだが仕込みも終了したのでたまたまここに置いてあったようだ。

 

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酒母室の前には、きれいに洗浄されて並べられている酒母タンクたち。
しかし、この床面やピカピカにされている酒母タンクを見ても分かる様に「清泉」蔵は私が知る限りNO1の清潔感のある蔵元である。
久須社長曰く「きれいな酒質はきれいな蔵から生まれない!」

 

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ここが仕込み場となるズラリと並ぶ仕込みタンク。

 

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ここが槽場で、いわゆる搾り場となる佐瀬式の木槽とヤブタ式(2機)で酒を搾る。

 

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数ある貯蔵庫の1つ。ビン詰めされた酒達は出荷の出番を待つ!

ひと通り蔵内を案内してもらった後は、社長室で質疑応答などしたり私と久須美社長の出会いの話などして、昔話しに花が咲き楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。

 

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ここが賢和さんのデスクがある社長室です。後にズラリと並ぶ酒類等の本棚の中に昔私が書いた「日本酒と焼酎バイブル」を送ったのですが、その本がちゃんと並べっられていたのには大変驚きました!!

では、最後に「久須美酒造」と「夏子の酒」の関係を知らない方のために少し紹介します。
今回私達「チーム酒友8人衆」が訪れた蔵元が、久須美酒造と言う蔵元ですが、この「久須美酒造」を実際のモデルとして描かれた漫画が「夏子の酒」で筆者が尾瀬あきらさんです。
この「夏子の酒」という漫画は史上初の酒蔵を描いたもので、昭和63年〜平成3年にかけて漫画週刊誌「モーニング」に連載され、その後平成6年には和久井映見さんらが出演してテレビドラマ化されました。物語は新潟の蔵元の娘、佐伯夏子が志半ばで逝った兄の遺志を継いで幻の酒米「龍錦」を復活させ苦労の末に味わいの深い吟醸酒を生み出すというものでした。
当時一部の小さな蔵により細々と造られていた吟醸酒の存在を世に広める一助となった作品である。
しかし、実際にこの酒造りに奔走した人物はうら若い女性(夏子)ではなく、実際のモデルとなった人物は、ここの久須美酒造六代目となる、現久須美賢和社長の父上である久須美記廸氏である。「夏子の主人公が私のような中年のおじさんでは面白味がない!」という事で、漫画上ではうら若き女性の「夏子」に置き代えられたのだ。まだ記廸氏が復活させた米は「龍錦」ではなく実際は「亀の尾」という米だった。そしてこの「亀の尾」で醸した純米大吟醸が「亀の翁」だった。
この「亀の翁」という酒ができるまでの実話のストーリーが「夏子の酒」だった。当時16年以上前は、現在の「十四代」以上の「大プレミア酒」となったものでした。
当時は大阪の酒屋の多くもこの「亀の翁」を手に入れたくて、久須美酒造の酒(清泉等)を取り扱っていたが、時の流れと共に「夏子の酒」も忘れ去られていくと、その多くの大阪の酒屋は取引を止めていきました。つまり「清泉」を好きだった分けではなく、ただよく売られる「亀の翁」が欲しかっただけだと思います。
しかし、当店は今でも清泉の酒「七代目」や「特別純米」「夏子物語」などの季節酒や、勿論「亀の翁」も取り扱います!
これが信頼と言うもので、今でも私と久須美酒造7代目社長、久須美賢和さんとがつながっている理由だと思います!来年あたり「酒友・日本酒学校」へ参加してもらいたいと思っているので皆様御期待下さいネ!

これが久須美酒造のフラッグシップ酒「亀の翁」と「清泉・七代目」です。

さて、いよいよ来月4月14日(土)は皆様お待ち兼ねの『獺祭・西田総杜氏を囲む会』です!

その会の前に、先日4月24日(日)山口県の「獺祭蔵元・旭酒造」まで行って獺祭NO2の川崎取締役業務部長さんや、松藤副杜氏さんらに挨拶に行ってきました!(桜井社長と西田総統時は不在でしたが…)
そして獺祭の完成したばかりの新蔵も隅から隅まで(麹室の中から桜井社長室、現在マル秘で進行している試験醸造の機会など色々)見せて頂きました!発表しても良い写真は全て載せて次回のブログで紹介するのでお楽しみに!!


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